いつの間にかご主人様と呼ばれ…だがM女には、表には出さない気持ちがある。 心の中で思う事もたくさんある。 私が不器用なのか…S男としての…誰にも言わない、明かしていない心をふと書こうと思った。


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甘い味と苦い味…

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いつの間にかSMを味わい
いつの間にか…
“甘味と苦味”を
知ったように思うのです。

ただの愛欲か…
愛情表現か…
ただの変態的な行為か…

私には…『魔法の鍵 』
閉じられた扉を開き
繋がれた鎖を解き放って
あげられた鍵…

冷たく暗い場所から暖かい場所へと通してあげれた
魔法の鍵なのです。。。

■Mail to 管理者■


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『ぷ~~~うぃッ!』

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前に“叱る”事について書いたが、その時どうにも書きたくて仕方ないものを思い出してしまい…
ついにがまんが出来なくなったので今日書く事にした。  
懺悔だ。


剣道を習った事がある。
近所の公民館で中学1年から習いはじめた。
普通は皆小学校低学年から始めるようで、初級クラスで一番の年長さんだったからちょっと恥ずかしかったが、おかげでちびっ子どもの中でサル山のボスのごとくいつも掛け声をかけさせられた。  
先生は叱咤の激しい強烈な先生だった。 
大声で叱り飛ばし体罰もへっちゃらで私もよく頭をはたかれた
(当時はまあそれが許された)。


剣道はなんといっても礼に始まり礼に終わる。 それがいい。
1日の練習の初めには道場の真ん中に横一列に並びきちんと姿勢を正して座禅し、1~2分ほどの“黙想”をする。 気持ちを静め、精神を統一するんだ。

『黙想~!』という私の大きな掛け声とともに一斉にちびっ子らはその黙想をはじめ、その時間、皆微動だにせずシーンと静まりかえる道場内にピーンと張り詰めた空気が漂う。
私の好きな瞬間だ…


   が…


その緊張感漂う重く張り詰めた空気を事もあろうに私が鋭く切り裂いてしまった。
いや…正確に言うなら“私”ではなく“私の尻”だ。。。
“私”じゃあない…。 

私はもちろん精神集中していたんだ…。
私に罪はない…。 

ただ…私の尻が勝手に…それも事もなげにその張り詰めた緊張感を打ち砕いたんだ…。
“ス~~”でもなく
“ブ~~”でもなく
“ぶりぶり~”でもない
水前寺清子のモノマネをするときに“ん~にゃっ”っと最後の部分を若干あげるように
軽快に、高らかにそしてなんとも伸びやかに “ぷ~~~うぃッ” っと…  

まるで自由の喜びを精一杯満喫するような清らかで誇らしげな音を響き渡らせたんだ。。
(“うぃ”のところを上げ目に読んでください。)


誰も予想だにせずふいに訪れたあまり“にほひ”を感じさせない音に
“1秒・2秒・3秒…”と…先ほどとは明らかに違う何かが爆発する直前にあるような静けさが流れ…
とうとう耐え切れなくなってすぐ隣の子が“ぶふ~ひっひっひ~”と肩を震わせ思わず噴きだしてしまった。 

思わず噴き出したその子に釣られて他の子たちも笑い出そうとしたその瞬間
『パシーンッ!!』とその一番最初に噴き出したその子のホッペに雷が落ちたが如く思いっきりの平手打ちが先生から食らわされた。 一瞬にして道場が凍りついた。。。
違った緊張が閃光のように道場に駆け巡ったわけだ…。


そりゃ仕方がない…
“ぷぅ~っ”でだって耐えるのは難しい…
なのに“ぷ~~~うぃッ”だ。。。 “うぃッ”ってのがついてるんだ…
屁の音で水前寺清子の“ん~にゃっ!”のモノマネをしたようなものなんだから
それが張り詰めた静粛の中で突如襲い掛かってきたら一体…一体誰が耐えられるんだ…


私も次に『ケツを閉めんか!』と殴られるかと一気に身体をこわばらせたが…
顔を耳まで真っ赤にしつつも“知りませんよ~私は黙想にいそしんでますよ~”という姿勢が功を奏したのか、あるいは「屁は自然に出るものだ」と理解を示されたのか…なぜか私には平手打ちは飛んでくる事はなかった。。。それがつらい…。

しばしの黙想が続き、“辞め~い”と掛け声をかける私の横ではヒックヒックとほっぺを腫らしたチビっ子が涙をすする音が耳に響く…
それでも私はそ知らぬ顔をして“礼!”と次の掛け声をかけていた。


その赤く腫れたほっぺを見たお母さんにその子はなんて説明したんだろう。。。
『隣のお兄ちゃんが~』ってな感じだろうか…
そのお母さん…なんて思ったんだろうね…



礼をした後、『いいかみんな~! 覚えておくんだ~!』と…
大声で先生の今日の訓示が始まった。


『たとえ~! 隣で屁の音がしても~ッ!』



先生、そりゃいかんよ…。


小学生にそんな風に屁の話をしたら誰だってまた噴き出すさ…
ほらみろ…また誰かが殴られた…。


“オレのせいじゃない。オレのせいじゃない…”

ず~っと心の傷となって引っかかってたシコリ…今はもう正直になれる…





  『 スマン! 私が悪かった(笑)!』
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by nodandy | 2007-09-18 18:50 | 話しはそれるが…

S男の叱りたい心理 M女の叱られたい心理


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「歯を食いしばれ!」 
“バチン! バチン! バチン! バチン!…”

と…
この一文を読んでほんのりと頬を赤らめた人がいたなら…
“おいおい、ちょっと待てよ!”と唇をちょっと歪めてキムタクばりに言ってしまいそうになる(笑)。

これは何もきれいなお尻を出している女性にお仕置きスパンキングしてる時の事を書いてるのではなくて… 高校の頃クラブの顧問に校舎下を通る通路で部員が一列に並ばされて与えられたお仕置き…いや、間違えた…今では非難される“愛の鞭”といえる体罰を受けた時のワンシーンだ。


一列に並ばされた部員達は端から順番に思いっきりの平手打ちを食らったんだ。
遠くから順番に頬を殴られる強烈な音が近づいてくるんだから最後の奴が一番怖かっただろうが、私はちょうど真ん中くらいだったから…それでも強烈な空気の揺れを伴って近づいてくる恐ろしい音に身体が緊張したのを覚えてる。 今なら判るが三十数名の部員を全員思いっきりの平手打ちするのだから顧問の先生の手も大変だったろうな(笑)。 その先生は我々が学校を卒業した後、“○○~!”と呼び捨てていた教え子の私たちの呼び方を変え敬意を示してくれたが、それがこそばゆくそして寂しくも感じたのを覚えてる。
『お前らが憎くて殴ってるんじゃねぇ~! お前らが大事だから殴ってるんだ!』 と、当時そう怒鳴ってたのをうっすらと今でも憶えてる。 


“怒る”感情は誰に対しても湧くが、“叱りたい”思いはおおよそ大事なヤツにしか出てこない。 大人になってからそれをちょっとは判ったように思う。
怒る気持ちは勝手に湧いてくるのに叱るには大きなエネルギーが必要で、嫌われ非難されるかもしれずそれでも構わんとする勇気も必要だ。そして何より相手への愛情がなければできない。 特に“強く叱る”にはね。。。 

どうでもいいヤツには叱らない。 
どうでもいいヤツには自分に実害を及ぼさなければただニコニコしていい気分になってもらえてたらいい。 どうでもいいヤツに適当に軽く叱るなら出来ないでもないが…わざわざ大きなエネルギーを使って強く叱るなんて面倒くさいし、そんな事はしたくないもんだ。 
どうでもいいヤツには関わるのも面倒だ。。。 

大事なヤツには色んな思いが湧く。 たくさんの思いが湧く。 
どうでもいいヤツにはあんまり思いが湧かない。。 大事なヤツにはついついたくさんの言葉が出るが(説教好きは別だが…)…どうでもいいヤツにはあっさりした言葉しか出てこないし…面倒くさい。 大事なヤツはうっとしがられても、それでもなんとか関わりたいと思うが(笑) どうでもいいヤツは基本あんまり関わりたくない。

そういうのがよく判ってくると…強く叱られることは…本当はありがたい…
と、思えたりする。 

しかし…もう少し深く掘り下げて考えると…、叱る事がただの愛情表現だというだけじゃなく、他にも“贖罪を与える”という意味があるという事にも気がついてくる。 
そして、叱ることで区切りをつけさせ“次はがんばろう”という新たな時間や新たな道を与えるものであるという事も判ってくる。 

また…、叱られる事で自分の存在の価値を思い知らされたりする…。 
逆に勘違いしやすいが…自分という“存在”を認めてもらえている実感も…
実は奥底にはあったりする。 気づきにくいけれどね。


さ迷い犬には自由がある。 
何をやっても自由だ。叱られる事はない。 
飼われてないのだからそりゃそうだ(笑)。
しかしそれだけに自分の価値を見失いやすい。。。(かもしれない。)

飼い犬は自由がいくばくか制限される。
叱られたり行動を制限されたりお手やお代わり等したくもない芸をさせられ犬にとっては本当はいい迷惑かもしれない(笑) なのにそんな飼い犬が幸せに思えたりするのは…そうされる事でその犬は自分の存在の価値を思い知らされているのが傍から見てても判るから…かもしれない。。  いわゆる…『(お前が大好きな私を)なぜ悲しませる!』と言われているようなものだからね。。。 
おだてて頭を撫でるだけの誰でもが簡単に出来る表面的な愛情だけでなく…たっぷりの愛情を受けているのが判るんだから…。

そう考えるとM女が“罰を受けたい”と言ってたりするのが、なんとな~くだが、何も特別変わった趣味だって訳ではなくて…ごく自然な感情の一つだと…理解出来るんじゃないかな…。

“叱る”は“執着”の一つの形…
M女性は“執着される”という喜びを普通の人より少し深く理解しているのかもしれない。。


しかし…“執着されたい”M女をわざとほっといたりする私は…
やっぱり意地悪かな…(笑)
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by nodandy | 2007-09-14 19:49 | M女

M女の幸せ…いろんな場所から見る幸せ

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人はよく悩む。
自分は幸せじゃない、自分は不幸だ、悲しいと感じてしまう…。
淋しいとも感じてしまう…。 私もそんな事を感じる事が多々ある…

しかし…
なんに比べて不幸なんだ? 誰と比べて不幸なんだろう…
時おり自分に問いかけたりするが…わからん(笑)

初めて仕事で中国の田舎町や中東の片田舎へ工場を捜しに行った時、貧しい地区を通った。凍える寒さの中、窓にガラスをつけられず窓があいたままの家に住む人々の町とか、“汚れてない服を着てない人がいない(=清潔な服を着られる生活ができる人がいない)”町…があった。 
そこで耳にしたのは食べるものを得る為に子供の片方の腕を切り落として不幸に見せて援助を得させる悪い親がいる事や…それでも足りなければもっと情けを買えるようにと更に足をも切り落としたりする親がいるんだという話だった。 
しかし、そこから数キロも離れてない場所で豪華な部屋で豪勢な食事を用意し日本からの若輩者を歓待してくれる豊かな人もいる。 彼は不倫相手の映画女優との付き合いに深く思い悩んで苦しんでいた。 

ある町で仕事が終わった後に独りで外を歩いてると4-5人の若い男に取り囲まれた。 アル○○ーダの国(当時はまだ問題になってなかった)。安全なエリアのはず…が正直言うとビビった、が、よく聞くと東洋人が珍しかったようでカタコトの英会話が盛り上がり少々強引に夕食に招待され私もその町の人の暮らしに興味がありその中のリーダーの家に連れていってもらった。 お世辞にもきれいとは言えない家、汚くところどころへこんだアルミ食器、傷んだコップ、彼は素手で食べ(普通だそうだ)私には家に一本しかない汚れたスプーンを出してきてくれた。 具の入ってないカレーと、なんか判らん米。「すまない、これしかないんだ」と申し訳なさそうに言い、ナベに少ししかなかったそれを私の皿に多く入れてくれた。 精一杯のもてなし。 その気持ちを受け取りたくて全部食った。 “上手い”というと嬉しそうにした。 彼は必ずいい仕事に就くんだと夢を話し日本を何でもある夢の国のようにあこがれ、そして日本に行きたがった。 “貴方が着てるようなクリーンな服があって、いろんな食べ物が食べられる。違う?”と、目をキラキラさせて明るく笑った。 私はユニ○ロの服を着てたが…もしかしたら彼には輝く服に見えたのか…、だが彼は卑屈にはなっていなかった。 彼は陽気で明るい。

そんなのを見ると何が幸せで何が不幸かよく判らんようになる。
日本に帰ると日本人である幸福を100円の缶コーヒーで思い知ったが、そんな幸せの中でも暫くすると自分は不幸だと思えたりやっぱり死のうかと思える悩みや苦しみが出来たりする…。 
だからといって不幸だと感じる自分に“そんなのまだマシだ”といい聞かせると楽にはなるが、その考えが行き過ぎると世捨て人になってしまいそうにも感じた。

記憶が定かじゃないが…何かの本でノストラダムスは予言の書でいつぞやかに人間の文明が滅び無知な動物に成り下がる…しかしそうなる事で人はやっと幸福になれると書いてあると知った。 そんな考えもあってもいいと思うしそれも間違いではないだろうが…わしゃそうは思えん。 
悩める幸せがあり、苦しめる事も“幸福”と…いうかもしれない…。
しかし実際に自分が苦しむとそんな事言う余裕はなくなるから大きな声では言えん。
“謙虚に”という昔の商人の教えに奥行きと重みを感じる。
彼らは遠い時代に諸国を回り、何を見て何を感じてきたのだろうか…



M女は感受性が強いと言われ、悩みやすく、不安になりやすいといわれる。
もしかすると自分の感情をコントロールしにくい点はあるものの、与えられる苦しみや辛さを快楽に昇華させる術を持つ精神的に進化した人種かもしれない。


時おり“もっと底まで堕ちたい”と本心から考えるM女がいる。 
私は偉そうな事は言えないが、ひとつ覚えておいた方がいい。 堕ちる先に底なんてない…。 本当に堕ちると…堕ちた先で底はないんだと思い知らされるんだよ。 
気持ちが感じる“堕ちた”の先には現実の“墜ちる”があり、そのどちらにも底なんてのはない。 それは幸せが今その手の中にあっても、その程度じゃあ足りずまだ上があるんだと、気持ちの上でも物質的なものでも思い知らされるのと同じように…。


ときおりご主人様のいないM女は糸の切れた凧に思えたりする。
ご主人様ってのは、上にも下にも無限にどこへでも飛んでいってしまうM女というその凧の糸を操る操り人といえるのかもしれん…。 

中にはどこへも飛んでいきそうな凧の糸をしっかり掴み、無いものに悲嘆する世界から在るものに目を向けさせる、いわゆる導師になるような人もいる。 
しかし反対に…中には虫を捕まえ殺して喜ぶ残酷な子供のようにただ底のない世界に引きずり落とし、落ちてしまえば次に落とす凧を探す人もいる。 
その人たちは墜ちた先がどんな所かよく知らないのかもしれないなぁ…
そんなヤツは自分がいっぺん墜ちて、墜ちた感じを味わえばいいのになあ…。


んっ? 自分が墜ちてる所にいるから同じように引きずり込むんじゃないかだって? 
なるほど…それならわからんでもない…。

でも…私とはタイプ違いだな…。 本当に墜ちたら…死ぬ事が楽に思える世界にもつながっていて…本当に墜ちそうになると糸を引っ張って墜ちないように引き上げてしまうよ。 
甘いって? そんなのどうでもいい(笑)。
自分が少しでもそのカケラを味わうと、そこまでは行かせたくないと思うんだよ私は。
愛奴は自分にとって大事。。 “ギリギリ”までがいいんだよ…。 

意地悪して苛めるクセにって?
そうだよ、悪いか、それは性癖だ(笑)
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by nodandy | 2007-09-08 17:05 | M女