いつの間にかご主人様と呼ばれ…だがM女には、表には出さない気持ちがある。 心の中で思う事もたくさんある。 私が不器用なのか…S男としての…誰にも言わない、明かしていない心をふと書こうと思った。


by nodandy

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甘い味と苦い味…

■Mail to 管理者■

いつの間にかSMを味わい
いつの間にか…
“甘味と苦味”を
知ったように思うのです。

ただの愛欲か…
愛情表現か…
ただの変態的な行為か…

私には…『魔法の鍵 』
閉じられた扉を開き
繋がれた鎖を解き放って
あげられた鍵…

冷たく暗い場所から暖かい場所へと通してあげれた
魔法の鍵なのです。。。

■Mail to 管理者■


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カテゴリ:心の殻( 5 )

『S男とM女の国づくり』

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   違い申す!!
   それがしにとってゆう姫様は気高きお方でござりまする。
   それがしは…姫様を…お慕い申しております。
   なれどそれは…国を思うが如くにござる!
   それがしは…生国(しょうごく)を追われ…諸国を流浪し…
   国というものを持ちえませなんだ。
   それがしにとって…国とは…国とは“人”にござりまする!

   おやかた様…板垣様…姫様…そして…死んだミツこそが…
   それがしにとっての…国そのもの…。 
   それがしは、…ようやくそこに“国”を見ることが出来るのです。
   己の生きる…“国”を持つ事が出来るのです。
   “命を賭する”事が出来るのです…。 
   無用な詮索は…お止め願いとう存じまする。。。


   勘助…
   よお~判った。。すまん事を聞いたのう…(切ない…(T_T) )
   人は国… 国は人。
   今、勘助という男を、少し判ったような心持ちぢゃ。(←ぢゃ)
   そちは、この私と同じ国に生きる、武士(もののふ)ぢゃ。(←ぢゃ)





少し前に見た番組にあった一節だが主君の女である姫様に思いを寄せるが
『まさかオヤカタ様の女に良からぬ思いを抱いてはなかろうな』と
エライ人に咎められた山本勘助がうまく言い逃れた言葉…
ではあるんだが…たっぷりと本心も込められている…。

が…それだけでなく主君への忠誠と自分の中に生まれる思いに揺れる
自分へ言い聞かせる意味も…実はその言葉の奥にはあったりする…。




ここでいう言葉を使うなら
男女の出会いも、その相手と繋がったとき、
それぞれの相手は自分の生きる“国”となると言える。

もちろんいわゆるご主人様と出会う事も…
“自分がいてもいい国”を得る事に等しい。。


だけどM女にとって“国”を得る事は、
その“国”に手を伸ばすのはとてもとても勇気のいる事だったりする。

“こんな自分が…”
“私なんかが…”
“どうしていいか判らない…”
“怖い…”


いろんな思いが湧き上がる。
とてもとても勇気がいる。
本当にすごい勇気がいる。


でもね、大丈夫なんだよ。
その気持ちはご主人様はとてもよく判ってるんだよ。


貴方をよく見ていてそれが貴方にとってどれほど大きい事か
その艱難辛苦…見てないようで見ていて…ちゃんと判ってるものなんですよ。
貴方の流した涙はそれが目から溢れたものであれ…
心に溢れているものであれ…、それを平気な顔をしている向こう側で
こそっとしっかりと受け止めているものなんですよ。
そしてその事をこそっとずう~っと憶えていたりするんです。


SとMの国づくり…

貴方が生きる…貴方が“生きられる”国づくり…
“国”を得る事…それは君にとってのその国づくりが始まるということだ。
見回せば色んな国がある。

既に出来ている国…既にある決まり事をこなしそこに住処を得るために
その住処を守るために何かを求められる国もある。
反対に、貴方が生きられる“貴方との国”を共にまた一から作り始めようとする、
そんな国もある。

“国”づくりにも
色んな事を考えてしまったり迷ったり不安に感じる事もあるだろうが
何も戸惑わなくてもいい。
貴方には“居る場所”があり貴方はもう一人じゃない。


…自分らしい…自分でいられる…

そんな国を望むなら…

それには“自分”を殺しちゃいけない^^。

自分を殺さないこと…
さて…M女はそこらへんにも戸惑うポイントがある。
それがM女がM女たる所以…


ご主人様を信じなさい。
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by nodandy | 2007-07-15 18:54 | 心の殻

『ご主人様が愛奴をいじめるのは…』

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『受け入れられる喜び!?』

しばらくの間、ブログを書きこみすることが億劫になっていた。
不器用なのかキャパシティがないのか、仕事や何かで壁を感じる時などはそちらに気がいってしまって他へ気を回す余裕がなくなってしまう…。 

なのに、自分のブログは放っておきながら…一息つく時にはエロいSMサイトなんかを鼻歌まじりに読んでいたりする…。 ストレスがいっぱいの時に見るサイトが南国の海のブログとかならば“おおっぴら”に見る事ができるがSMサイトじゃあ…やはり堂々と見れないってのがタマに傷だ(笑)。


さて、そうやって色々見て回っているうち、ふと思った事があるんだが…
SM…或いはSMらしき(?)ものをしている人はなぜかそのパートナーに“受け入れられている安心感”…というような…そんな強い喜びを感じているように思える(事が多い)…。 
こう言ってしまうと少し強引だが、それが普通の恋人関係や普通の婚姻関係よりも“より一層”『受け入れられている…』という安心感やその喜びを感じているように思える。 
もちろんSM関係の種類は主従関係を始めいろんなものがある。しかし、その全ての繋がりの根本には必ずといっていいほどその喜びや安心感が垣間見られるように思う…。 
なぜだろう…。


なぜだ? 


実際のところは共に喜び共に苦しみを分かち合ったごとき相手…いわゆる同じ時間を過ごし同じ釜の飯を食った者…つまり婚姻関係を過ごしている相手にこそその安心感や喜びを感じてしかるべきなのに…(もちろんそうなる事も多いが、)或いは婚姻していない恋愛関係でも、SMらしきものをしていなくても諸手を挙げて自分を受け入れてくれる優しい相手にこそそういった喜びや安心感を感じてしかるべきなのに…、なぜかSMらしきものをするパートナーの方にその“自分を受け入れてもらえている”安心感や喜びを感じていたりする。 


なぜなんだろうね…。


きっとそれには2つの理由があるんじゃないかな…。


一つは、婚姻関係や恋愛関係の中で…いつの間にか自分に課されてしまっている“役割”とか“立場”とかいう枷(カセ)が出来上がってしまってたりする。  或いは同じ時間を過ごしてきた中でそのパートナーに対して生まれた“甘え”という心地よさに囚われてしまっていて、その枠に収まりきれない“隠された自分”を出せなくなったりするものなのに…SMをする場合はそういった“枷”はほぼ無理やり剥ぎ取られるだろうし…“甘え”なんてのもその関係上では生まれにくかったりするからなんじゃないかな…
そしてもう一つは、何よりも“自分そのもの”を受け入れてもらえるから…。


もちろん、不倫や浮気でも同じようにも喜びや安心感を感じる事もあるだろう。
けれど大事なポイントはその“自分そのもの”というところにもあるように思える。


人は…人であると同時に動物であり、理性と知性があり、そして本能と本性がある。
理性や知性は時にそれが恥じらいやプライドを生み、それも枷(カセ)となってしまうが、SM…主従関係といった中では本能や本性といえる性的な行為も当然のように(?)あけっぴろげにされ、理性や知性では否定されがちな部分も含んだ“ありのままの自分”に目を背けられることなく逆にちゃんと目を向けられて…そういった枷(カセ)は時には優しくだろうが時には強引にも取り外されてしまう(事が多い…)。


例え強引ではあってもその理性や知性という“枷”を取り去られ“そのままの自分”を曝け出さされ、その曝け出された“ありのままの自分”を受け入れられるからこそ…“より一層の喜びや安心感”を感じられる。。。
…のかもしれない…。



さて…どうだろうか…。
ご主人様に役割があるとすればきっとそういうものかも…

そう考える事はまるで自分の大事なパートナーにいやらしい事や“意地悪”をするその意地悪自体を無理やり正当化しているようにも思えてしまうから困ってしまう…。

一つ言える事は…
例え私が貴方に意地悪をしても、その意地悪は貴方への愛情からだという事だ…。



…なんて言うと…
ますます自分を正当化してるように思える(笑)
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by nodandy | 2007-06-15 13:54 | 心の殻

SMとセックスの境界線と…いろいろなS男


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『やる側の満足と、やられる側の不安』

S男であり、SMプレー(?)を好みながらも、本当は
“SM”とか“SMプレー”って言葉は…実はあんまり好きじゃない。
本来なら境界なくさまざまな方向へ広がりや深みを持つセックスや
それを感受する精神の世界に『は~い、こっからここまでね~』と
勝手に“枠決め”してしまってるように思えるからだ…。

本来の言葉のまま嗜虐と被虐をSMとするならば、
あらゆるものがSMになる。
ただ目の前にいる女性に“じっ”…と見るだけでも…
ただ目の前にいる女性に“一言”言葉のかけるだけでも
そのやり方を少し変えるだけでSMが出きあがるものだ…。

道具も何も使わないでただ“セックス”をするにしても、
そのやり方ひとつでSMになる…。

つまり…なんでもがSMになるものなのに…
“SMプレー”=“いくつかの特定も行為”とか…
そんな風に枠を決めてしまってそれ以外を無駄にするのは
なんとももったいない。

いや、もったいないというよりも、そうやって枠を作ってしまうと
一番大事な『相手を理解する』ってところが、
相手をきちんとそのままの姿で理解してやれず、
自分が勝手に持っている枠の中のどれかに無理やり相手を
当てはめてしまっていたりする…。

よくある事だが…それは“やる側”には満足を生みはするが
“やられる側”には満足が生れなかったりする…、
また、そうなるかもしれないと怖れや不安を感じてしまうがゆえに
いわゆるノーマルとSMの境界線上で思い悩む女性も多かったりする…。

『“やられる側”の事は考えないのがサディストじゃないのか…』だって?
そう、そういうS男もいる(笑)。 
だがそうじゃないS男もいるわけだ(笑)。

さて、もちろん、ある“特定の行為”それ自体が好きで、
それがSMプレイの枠にぱっつり当てはまっているならば…
これでもかってくらいその行為でSMプレーすりゃあいい(笑)。

だがもし、“何も特定の行為って訳じゃないんだけど…”とか
“自分がどんなタイプなのか判らない…”と思っても、
それを何も思い悩むことは必要ないんだよ。

“行為”ではなく、“あなた”に目を向ける人は
必ずいるんだから…。
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by nodandy | 2007-04-25 09:59 | 心の殻

M女の超えられない壁…

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『M女の超えられない壁』


M女には自分で超えられない壁があるんです。
それがM女である理由でもあり、そして…それがM女の苦悩でもあるのです。

多くの場合、それは恐れとプライド。 

自分ではその2つを取り外す事が出来ないのです。


もちろん誰しもプライドは高いですよ(笑)
どんなに柔らかい雰囲気を醸し出していても、どんなに理知的で物わかりがいいように
見せていても…例外はありません。

その反面…プライドが高いほど本当は根強いコンプレックスがあるのです。
そのコンプレックスが“恐れ”さえも生み出し、“プライド”がその恐れを強固に
守ってしまうのです。

自分では…取り外す事ができないでいるのです。。。

そしてその苦悩が深ければ深いほど…
プライドが高ければ高いほど…
“恐れ”が強くなり自分を守ろうとして自分を上位の立場へ持っていこうとする。。
自分では取り外せないそのプライドと怖れ…

“ご主人様”は取り外します。



Sの男は“破壊”を好みます。破壊し、プライドを砕きます。
ご主人様もSの男でそれらを壊します。
ですがご主人様はただ破壊するだけではあまりうれしくありません。
なぜなら“勿体ない”からです。
プライドは人の自信の礎でもあり、そのM女の一つの大きな“魅力”でもあるからです。
何もそのプライドも怖れも悪いものではない。 …むしろ人としての輝きの一つ。

だからご主人様はM女が取り外せない2つのものを“取り外し”て“形を作り変え”
それをまた魅力として付け替えるのです。

ただ単に…魅力でもあるそれらをただ“壊して”しまうのは勿体ないからです。
でないと…“大事”なものなのに…魅力をなくせば皆…捨ててしまいます…。

ご主人様はただ“大事なものはずっと大事”にしたいのです。



でも、ご主人様の中にはご主人様とそうでないご主人様と2種類います。
“ご主人様プレイ”を好む人と…、…ただただ…ご主人様であろうとする人と…。

真の支配…真の服従…強烈な被支配感…底までの隷属…見透かされる怖さと安堵…
どちらのご主人様にも同じものがあるかもしれない(笑)

片方はプレイが全て終われば新しいゲーム盤へ行くだけで…
片方はまたそのゲーム盤を使いたがる…大事なものだったらね…


支配は何も“強権”だけではない。
“真の支配”の妙味は…“真の服従”の甘味は…“真の安堵と安息”とは…
上下に見えて対等であり、対等でありながら主従があり
優しさの中に厳しさや冷酷さが同居し、厳しさや冷酷さの中に優しさがあるような…

つい見逃してしまう些細なところにあったりする。

いい“ご主人様”を見つけたら…自分から手を伸ばしなさい。 
手を伸ばすか伸ばさないかが分かれ目…、

いいご主人様をみつけなさい…。
見分けるためのいいアンテナを…見つけるためのいい目を持ちなさい…。
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by nodandy | 2007-04-05 20:18 | 心の殻

心の殻…S男の“殻”…ご主人様の中の“殻”


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『出来てしまう“殻” …溶けていく“殻”』

M女性に“ご主人様”と呼ばれるようになる経験を何度か繰り返してきたが、ある人の投げかけてくれた“心の殻”という言葉から、ふと、“そういえば…”と、今の私自身に至るまでに自分の中にもやはり“殻”というものがたくさんあった事を思い出して笑ってしまった(笑)。 
もちろん今の私にも何かの心の殻があるのだろう。 

私は“ご主人様と呼ばれたい”と思ってそう呼ばれるようになった訳じゃない。 なぜかそう呼んでくれるようになってしまった…。 いや…やはりそうなりたかった部分もどっかにあるのだろうかな…。 

まだまだ若かりし頃…というとオッサンに思われるかもしれないけれど(笑)、人より性欲が強くて困っていて(笑)、単に人一倍スケベなのは間違いはなく、多分それが原因だが(今でもスケベで困るが…) 当時の私はなんとか女性と仲良くなりたい、好きにしたいと頑張ってたウツケ野郎だ(笑)。 もちろん今もウツケだが、その頃はもっとウツケだった。 
強姦とか拉致とか薬で無理やりとか痴漢とかそういう卑怯な事はしなかったのは救いだが、まあ色んなものに挑戦していて、“酒の力にも頼らん!”と、訳の判らんところでフェアプレー(?)に挑戦していたりもした(笑)。 

そんなふとあるときに『管理されたい…』という女性に会った。
“なに?管理されたい???”というのがその時の正直な感想だった。 聞けば毎日の生活での行動、性行為や排泄や食事、衣服に至るまで“管理されたい”という。
“さあ!私を…!”という姿勢に微妙に臆しながらもスケベ心から“それなら!”と頑張ったが所詮当時はスケベ心からのいわゆる偽者(?)だから、もちろん相手の心も見えず“望む満足”を十分に与えられずに短期間でその関係はおじゃんになった。 セックスも当然自分自身満足できるものではない…。  なんだか男として落第点をつけられたように感じ、私は“管理されたい”とはどういう事かどういう気持ちからくるか勉強した(笑)。 

もしその時の勉強熱心さ(?かなんか判らんが?)…が学生時代にあったならきっと私は今頃博士か大臣というくらい…。 或いは人一倍のスケベ心はもしかして偉大な力ということかもしれない。  不思議だけど“なるほどなんとなく判った!”となると今度はまた別のもの…“辱められたい”や“拘束されたい”“叩かれたい”などと、新たな課題と呼べる嗜好を好む人と会ってしまう(笑)   “よし!いくらでも管理してやるぞ~!”と思えるようになったら、今度は“きつくされると…叩かれたり足蹴にされるといいの…”という人に出会い、『なに?叩かれると???』…と、頭に?が連なった。 “きつくされたい…”という願いに“痛いだろうに…”と思うとうまく望みをかなえてやれなかった。 ちょっと違うかもしれないが…言ってみればそれも自分の“殻”だと思えた。 これまた試行錯誤だ(笑)

なぜかM女と縁があるのか…もちろん普通の恋愛も経験しながらそうやっていろんなマゾ的な思考や被虐嗜好に対してにも試行錯誤を繰り返して、一つ、また一つと自分の殻を取り除いてきたように思う。  スケベ心は偉大だ。  いや…、実のところは元々“人の心理”というものに子供の頃から強い興味を抱いていた事で常に人の心の動きに注目していたのも幸いしたのか、M女の心の奥にあるとても切実な思いが私の中に流れ込み、揺さぶり、それがその殻を破ってくれた…そちらが正解だろう。 

人は仕事においても私生活においても知らないうちに自ら“殻”を作ってしまっている。 もちろんS男にも殻が出来る。  私自身にも仕事においても私生活においてもマジメすぎる部分もあり、(マジメな所もあるんです…。)  いくつも“殻”があったが、それ故にその殻を破る事に苦労(?)し、苦労したが故に私には優しすぎるようなところもあるのかもしれない。 

“程度”や種類は人により千差万別だから少しづつ相手に合わせてその殻を取り去ってあげるための試行錯誤をする。 程度が強すぎると相手の心にある“殻”が“硬く”なったりもするからだ。  その自分の試行錯誤にも破るべき“殻”が出来ることがある。 そいつはきっとご主人様の課題なんだ。 優しさは諸刃の剣だが、厳しさもまた諸刃の剣…。
見せはしなくとも奥に持つべき優しさがなければ“北風と太陽”のごとく人には…、或いは人よりも繊細で感受性が強いM女である女性に、殻を取り去ってあげる事…大げさな表現かもしれないが“救ってあげる”事はできないんだと…それもまたM女に教えられた。 

怖れていたり、時には利用されたりするM女性の心に目を向けてしまった事でいつの間にかご主人様と呼ばれるようになったが、そうはなっても自分の胸の奥にも次々に新たな“殻”が生れたりするんだな…と、そう時々気づかされるからこれまたおもしろい(笑)。 
SやMやそうでないにも関わらず人はきっと死ぬ直前でさえも、その時にはその時の破るべき新たな殻が心の中に生れているかもしれない…。 
いや、私はまだそんな逝ってしまう年齢ではないけれど…(笑)。  

さて…
これを読む貴方の心にはどんな殻があるんだろうね…
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by nodandy | 2007-03-22 16:57 | 心の殻