いつの間にかご主人様と呼ばれ…だがM女には、表には出さない気持ちがある。 心の中で思う事もたくさんある。 私が不器用なのか…S男としての…誰にも言わない、明かしていない心をふと書こうと思った。


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甘い味と苦い味…

■Mail to 管理者■

いつの間にかSMを味わい
いつの間にか…
“甘味と苦味”を
知ったように思うのです。

ただの愛欲か…
愛情表現か…
ただの変態的な行為か…

私には…『魔法の鍵 』
閉じられた扉を開き
繋がれた鎖を解き放って
あげられた鍵…

冷たく暗い場所から暖かい場所へと通してあげれた
魔法の鍵なのです。。。

■Mail to 管理者■


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カメになりたいと思った。

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現実から逃げるように胸をおさえて足をひきずるようにトボトボと歩いて
小さな橋にかかった時、
ふと足をとめて池の水面をみたんよ。

冷たい風が吹いていて背中を丸めてて…
でも寒いから背中丸めてたんじゃなくて痛かったからだが、
何が痛いって…色んな事が痛かったわけだ。

いやいや違うって。
別に“M女の気分を味わってやろう”とS女王様に頼んで尻をベチベチ叩かれてみたわけぢゃないって。

まるで体の不自由なおじいちゃんが小刻みに方向を変えるように
まるで志村けんがマジメにおじいちゃんのモノマネをしてるように
体の向きをなんとか変えて池の水の中に目をやったんよ。

すると大きなカメが泳いでやがった。

すい~~っと足と手を動かしてスイ~~っと水の中を進みやがるんだ…

気持ちよさそうだなぁ…って思った。

太陽のない日、
沈んで疲弊憔悴して今にも泣いちゃいそうな気持ちと同じような天気の中
そいつだけは“すい~~~~”っと泳いでやがった。
片方の手と反対側の足を“すい~~~~”っとかる~く動かして
能天気に“すい~~~~”っと泳いでやがる…
私がそのカメだったら軽~く鼻歌歌いながら“ふふ~~ん~”ってな感じで
何も考えずにすい~~っと泳いでる、そんな感じ…。

“…いいなぁ…”


素直にそう思った。


“あ~カメになりたい…”ってそう思ったんよ。

“いいなぁ…カメになりたいな~…”


そのとき胸にあった辛さや悲しみらしきものや、ぬぐってもぬぐってもぬぐい切れない自責の念や他人を責めたい思い…結局そこにあったのは何にもない自分である事の失望とか劣等感、悔悟の念をカメになったら全部忘れられるんじゃないかって思ったんだよ。


“……カメになりて~な…”…心底そう思った。

みんな仕事に行ってる時間、いや仕事してなくてもどこかで何かをして社会の一端を担って生きてるだろうに、私にはな~んにもなくて落ちぶれた落伍者になっていて本当にみすぼらしいカッコして“ミジメ”ってのがどんななのかを心身ともに心底味わってた。


消えかけの火…
まるでそんな言葉が合いそうなくらい憔悴して失望して落胆して弱ってたわ。
なにせ“カメになりたい”なんてホンキで思うんだからね。

でも考えればだが…
能天気に泳いでるように見えるカメも生まれてから弱肉強食の厳しい世界をなんとか生き延びてなんとか勝ち残ってだからこそそうやって草履以上に大きくなりやがって今能天気にすい~~っと泳いでいやがるんだと思ったらどこも同じかもなぁとそんな事を思った。
“がんばったんだなぁお前は…”なんて呟いてた。


人間って不思議なもので気持ちひとつで幸せにも不幸せにもなる。
気持ちひとつでどっちにも転ぶ。現実も気持ち次第で訪れる事も変わるように思う。

今の私はこうやって能天気に新しいパソコンで駄文を書き入れられる能天気な時間を取り戻す事ができたけれど、それは“今の自分にはなんの価値もない”と思える事実に囲まれ、実際世の中のどんな人であろうと誰も見向きもしないくらいまったく価値を持たなかったそんな私に“それでも価値がある”と言い放ち、そう接してくれた者のおかげだと思う。

ひとつ仕事を立ち上げもうひとつ仕事を立ち上げやっとそれらが形になってきてやっとこさホッと一息つけた気分になれたけど…あの時のミジメな気持ちは今も忘れられんわ…
今でもその事を思うと胸がキューキュー鳴きやがる。。


ホントにな~んにもなくなってまるで全てをなくしたような私にはたった一つ残ったものがあって、それが私の大事な宝物になったが…それが物語るのはきっと価値を与える事ができるものが価値を得る…という事のように思う。
そいつはたくさんのものを与えてくれた…

世の中に多くのご主人様たらんとする者がいるけれど、
果たしてアンタは誰かにちゃんと価値を与えていられるかい?

さてさて…
果たして私は誰かに価値を与えていられるのかいな…



あ~

思い切り噛み付きたい…


ん…“何を?”ってか?


教えてやらん(笑)。
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# by nodandy | 2010-08-01 15:08 | 懺悔

出口


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ん~

なんだか…いろいろ陵辱された気分だわ…

久しぶりに帰ってくると出会い系に誘うような変なコメントいっぱい書かれてたしねぇ…




長かったなぁ…


いやな夢から覚めたみたいな気分だ…。
まだ目もかすんでたり頭もふらふら寝ぼけてたりするんだろうなぁ…

あ~目覚ましに尻をペチペチしたいしガブっと噛みたい…


ん?


んん…


なんだかんだと色々あったが…



スケベなトコだけは変わってないって事だね…(笑)
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# by nodandy | 2010-03-23 01:03 | ご主人様の心の中

不器用なM女… 不器用なS男…

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武士は食わねど高楊枝…

やせガマンで…、ともすれば愚かともいえる言葉…
私はもちろん武士じゃないけれどただ同じように強がりだ。

『Mr.○○、もし助けが必要な時は何でも言ってくれ…どんな事でもだ。』

直接仕事の関係がなくなってからもう何年にもなる昨今でさえ、友人として時おりそんな言葉をかけてくれる。 そんな言葉をかけて頂ける度になんともいえない気持ちになり心を込めて『ありがとう。本当に困った時は頼むよ。』と答えるがそれ以上は言えない。
言葉の裏にたくさんの思いがあふれる。
相手はそれを知る術はない。。

親しい仲であればあるほど何か困った時は遠慮せず手を借りるべきかもしれない。 甘えればいいのかもしれない。弱い自分を見せていいのかもしれない。
頼ってもらえる事こそ、親しみを持つ者としてはうれしいものだ。
でもど~~~も私は相手が大事であればあるほど、そんな時こそひねくれてか相手を大事なものとして扱いたい…気持ちだけ受け取り決してその人に手間や手数をかけまいとそんな風に思ってしまう。。。

強がりか…余計な足かせか…或いはくだらないプライドか…
けれどやはりそう考えてしまう。 
自分が参ったとしても…それが私の大事な者への思いの表し方だ。
とても不器用な世渡り下手な愛情表現…
強がりの欺瞞かな…。


私が祖父を見たのはたった一度、中学だったか高校だったかの頃にバアちゃんにふと見せてもらった一枚の写真でだった。 軍服を着て馬に乗ってキリリとして今の私よりずっと年若い大尉だったか少尉だったか…。フィリピンだかで戦死し…その出征前に撮ったたった一枚の写真だけが残っていてそれを見せてもらった。 祖父の姿を見たのはそれ一度きりだ。 

亡き祖母は彼を“とても優しい人…”と言い“サブローさん…”と呼ぶその言葉に祖母が受けた優しさが何十年もバアちゃんの中に生きているように感じた。
入籍してから出征するまでのほんの2~3年だけが祖父と暮らした時間だったそうだ。 昔の人だからか…祖母はそのほんの短いその時の思い出だけを大事に抱え、男手のなくなった家でひ祖母に仕え父らを育て…そして亡くなった。

私のご先祖サマは古い武家らしいが…遠い記憶にある曾祖母はその為かとりつくしまのない決して弱音や本音を見せない気強い人だったのを覚えている。 それに対して祖母はとても陽気なクダけた人だったが…その心根には同じように決して弱さを見せない芯の強さを持っていた。 でも趣味の俳句だけには…時おり吐露していたのを私はこっそりと知っていた。
おかげで父も頑固で強がりで困る事もしばしばあるが…どの人も“カタブツ”と呼べるほどの不器用さがあり…どの人にもその不器用さの中に温かい優しさや人間らしい喜怒哀楽が垣間見えたりもするから不思議…。 

強がりで不器用なのは家系かもしれない(笑)。
私の中にもそれがありありだ…。


私はスケベでいい加減でサディスティックな変態ヤローだが、
そんな自分がM女を好むのは…M女の中に自分と同じような不器用さがあるからだとなんとなくそう判っていたりする。 自分が不器用だからこそ…M女に意地悪したり苛めてでもその本心や弱さをムリクリにでも出させて…M女が自分だけでは出せないその思いを出してやりたい目を向けてやりたい…感じてやりたい…それでもいいんだと認めてやりたい…受け止めてやりたい…埋めてやりたいと、そんな風に独りよがりに思ってしまうんだろう。

だが自分も強がりで不器用だったりするのは問題だ(笑)
自分が何かで大変なとき…弱音を吐きたい時…助けが欲しい時…そんな時には自分が大事だと思う相手には弱っている事や或いはもがいている自分を見せないように…相手が大事であれば手間や手数をかけないようにと思ってしまったりする。

よくない。 
不器用で…強がりでアホウでどうもいけない…。 
相手はそれを知る術もない…。
不器用だからご主人様でいる。 
そんなS男もいる。
ブキッチョなご主人様っているものだ(笑)

でもだからと言って、S女サマにそこらをこそぐられると…私は泣いちゃうかもしれないが(笑)
それと同時に“んのヤロ~!”と違う感情が必ず沸き立つからやっぱりM男にはなれないか…。
少なくとも○Nコは立たん(笑)。


ふと…犬と飼い主を思い出した。
飼い主は犬を飼う側で、犬は飼い主に飼われてはいても…
その実、飼い主はその犬にとても助けられていたりする。
犬は飼い主をペロペロと舐める事くらいしか出来なくてもね。
飼い主の中には『私が好きか~?』と犬に問うたりする人もいるが
ソイツは間違いなく不器用モノだ(笑)。
それは“傍にいろ”という愛情の天邪鬼変化形でもあり
居るのに居ろと言う必要がある弱音の変化形。。
その返事が“ワン”というものでしかなくとも…
そこに居てくれる事が何よりの助けとなっているものだ。
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# by nodandy | 2007-11-02 08:05 | ご主人様の心の中

飼い犬とご主人様

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時間が過ぎるのが早い…
あっという間に時間が過ぎてしまう。。がそいつは困る…。
それは私の中で時間が早いと感じているだけで他の人は違う。
自分の中では3日前の事が昨日の事のように思えたりするが…
そういう時はたいがい嫌なストレスを抱えている時だ。


嫌なストレス…


心の中にちっこい子がいてそいつはどこかケガしてるのか怖がってるのかひどく弱っていてぷるぷる震えてるくせに奥歯だけは強く噛んで目だけをなんとか吊り上げて…そのクセ目の端に涙をにじませていて強がってる。 
ぷるぷる震えてるクセに(笑)
そんなイメージだ。

そんな時は自分で言っちゃなんだが弱っちいヤツだと思ってしまう(笑)

人の心の中には子供がいる。
その子供を全部出してしまうときっと楽なんだろうがそうしちゃいけないと思ってしまったりするもんだ。

普通は…その子供とは別にもう1人大人の自分もいて、そいつはなんだかんだ言いながらいろんな事をこなしちゃう頼りになるヤツなんだが、私の中の大人は嫌なストレスを抱えている時はなぜかその大人は見当たらず弱っちい子供が戦っていたりする。


“それくらいでへたるなガキんちょ”


どこからか大人の声だけが響いてくるような気がするが…
だから子供は涙をにじませながらも目を吊り上げるのか…


そんなストレスの時にはいつも…網戸のむこうから寂しげに私の方を見ていた犬の事を思い出す。いつぞやかにブログに書いた人生最初の放置プレイをした犬、壁の穴に挟まって動けないその犬の尻を木の枝でチョンチョンとつつくとだらんとした太ももが“ビクッビクッ”としたあの犬だ。
寂しさからか不安からか眉間に皺を寄せてまるで仲代達也のように見えたあの犬。 私は家族の中では一番あいつをむげにして一番イヤな思いばかりさせていたのにあいつの目はいつも網戸越しに私の姿を追っかけてくれていて…その姿がそんな時に限って思い出されてくる。


実際のところはあいつはただ“…散歩につれていけよコラ~…”とそんな事を思っていただけなのかもしれないが、私はあいつに知らん顔しながらもそれでも目で追ってくれるのがとても嬉しかったように思える…。


もちろんだからといってまた犬を飼って、その新しい犬にあの犬の幻影を求めようなどとは思わない。 もしまた犬を飼ってもあの犬はあの犬で新しい犬は新しい犬だ。 が…いつも私を目でおっかけてくれたその姿を思い出す今の自分を振り返ると…いつも私を見ているあの網戸越しの姿があったから私は元気でいられたのかもしれないとも思える…。


そりゃあの犬にはお手もお代わりも教えた。
当時の私はまるでビリー大佐で犬は当然強制入隊となる。
私は飼い主だから当然だ。
“お手”は簡単に出来るようになり私が食いモノを持ってると何も言わなくてもこっちの頭の上にさえもお手をする調子のいい所があって笑わされたが…

“お代わり”というと“確かこう…こうか”と…見るからに不器用に体をねじりながら眉間にシワを寄せ、何かすっごい難しい事をやってるような顔をしてお代わりをしてきたから呆れるやらかわいいやら…“お代わり”を言うのがまるで悪い事をさせてる気にさせる出来そこないぶり…。


犬が飼い主である私にその強いところ弱いところバカで間抜けなところその全てを見せてくれたからかもしれないが…そのおかげで他の誰にも見せたくない自分の姿をその犬の前でだけは見せられた。  誰にも見せないそんな姿を私が見せたとしても犬は自分の舌がこそげ落ちそうなくらいペロペロと舐めてくれた。でもそれは相手が犬だからか(笑)。 


しかしだからこそその犬の事が思い出されるのかもしれない。 
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# by nodandy | 2007-10-13 17:32 | ご主人様の心の中

『ぷ~~~うぃッ!』

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前に“叱る”事について書いたが、その時どうにも書きたくて仕方ないものを思い出してしまい…
ついにがまんが出来なくなったので今日書く事にした。  
懺悔だ。


剣道を習った事がある。
近所の公民館で中学1年から習いはじめた。
普通は皆小学校低学年から始めるようで、初級クラスで一番の年長さんだったからちょっと恥ずかしかったが、おかげでちびっ子どもの中でサル山のボスのごとくいつも掛け声をかけさせられた。  
先生は叱咤の激しい強烈な先生だった。 
大声で叱り飛ばし体罰もへっちゃらで私もよく頭をはたかれた
(当時はまあそれが許された)。


剣道はなんといっても礼に始まり礼に終わる。 それがいい。
1日の練習の初めには道場の真ん中に横一列に並びきちんと姿勢を正して座禅し、1~2分ほどの“黙想”をする。 気持ちを静め、精神を統一するんだ。

『黙想~!』という私の大きな掛け声とともに一斉にちびっ子らはその黙想をはじめ、その時間、皆微動だにせずシーンと静まりかえる道場内にピーンと張り詰めた空気が漂う。
私の好きな瞬間だ…


   が…


その緊張感漂う重く張り詰めた空気を事もあろうに私が鋭く切り裂いてしまった。
いや…正確に言うなら“私”ではなく“私の尻”だ。。。
“私”じゃあない…。 

私はもちろん精神集中していたんだ…。
私に罪はない…。 

ただ…私の尻が勝手に…それも事もなげにその張り詰めた緊張感を打ち砕いたんだ…。
“ス~~”でもなく
“ブ~~”でもなく
“ぶりぶり~”でもない
水前寺清子のモノマネをするときに“ん~にゃっ”っと最後の部分を若干あげるように
軽快に、高らかにそしてなんとも伸びやかに “ぷ~~~うぃッ” っと…  

まるで自由の喜びを精一杯満喫するような清らかで誇らしげな音を響き渡らせたんだ。。
(“うぃ”のところを上げ目に読んでください。)


誰も予想だにせずふいに訪れたあまり“にほひ”を感じさせない音に
“1秒・2秒・3秒…”と…先ほどとは明らかに違う何かが爆発する直前にあるような静けさが流れ…
とうとう耐え切れなくなってすぐ隣の子が“ぶふ~ひっひっひ~”と肩を震わせ思わず噴きだしてしまった。 

思わず噴き出したその子に釣られて他の子たちも笑い出そうとしたその瞬間
『パシーンッ!!』とその一番最初に噴き出したその子のホッペに雷が落ちたが如く思いっきりの平手打ちが先生から食らわされた。 一瞬にして道場が凍りついた。。。
違った緊張が閃光のように道場に駆け巡ったわけだ…。


そりゃ仕方がない…
“ぷぅ~っ”でだって耐えるのは難しい…
なのに“ぷ~~~うぃッ”だ。。。 “うぃッ”ってのがついてるんだ…
屁の音で水前寺清子の“ん~にゃっ!”のモノマネをしたようなものなんだから
それが張り詰めた静粛の中で突如襲い掛かってきたら一体…一体誰が耐えられるんだ…


私も次に『ケツを閉めんか!』と殴られるかと一気に身体をこわばらせたが…
顔を耳まで真っ赤にしつつも“知りませんよ~私は黙想にいそしんでますよ~”という姿勢が功を奏したのか、あるいは「屁は自然に出るものだ」と理解を示されたのか…なぜか私には平手打ちは飛んでくる事はなかった。。。それがつらい…。

しばしの黙想が続き、“辞め~い”と掛け声をかける私の横ではヒックヒックとほっぺを腫らしたチビっ子が涙をすする音が耳に響く…
それでも私はそ知らぬ顔をして“礼!”と次の掛け声をかけていた。


その赤く腫れたほっぺを見たお母さんにその子はなんて説明したんだろう。。。
『隣のお兄ちゃんが~』ってな感じだろうか…
そのお母さん…なんて思ったんだろうね…



礼をした後、『いいかみんな~! 覚えておくんだ~!』と…
大声で先生の今日の訓示が始まった。


『たとえ~! 隣で屁の音がしても~ッ!』



先生、そりゃいかんよ…。


小学生にそんな風に屁の話をしたら誰だってまた噴き出すさ…
ほらみろ…また誰かが殴られた…。


“オレのせいじゃない。オレのせいじゃない…”

ず~っと心の傷となって引っかかってたシコリ…今はもう正直になれる…





  『 スマン! 私が悪かった(笑)!』
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# by nodandy | 2007-09-18 18:50 | 話しはそれるが…

S男の叱りたい心理 M女の叱られたい心理


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「歯を食いしばれ!」 
“バチン! バチン! バチン! バチン!…”

と…
この一文を読んでほんのりと頬を赤らめた人がいたなら…
“おいおい、ちょっと待てよ!”と唇をちょっと歪めてキムタクばりに言ってしまいそうになる(笑)。

これは何もきれいなお尻を出している女性にお仕置きスパンキングしてる時の事を書いてるのではなくて… 高校の頃クラブの顧問に校舎下を通る通路で部員が一列に並ばされて与えられたお仕置き…いや、間違えた…今では非難される“愛の鞭”といえる体罰を受けた時のワンシーンだ。


一列に並ばされた部員達は端から順番に思いっきりの平手打ちを食らったんだ。
遠くから順番に頬を殴られる強烈な音が近づいてくるんだから最後の奴が一番怖かっただろうが、私はちょうど真ん中くらいだったから…それでも強烈な空気の揺れを伴って近づいてくる恐ろしい音に身体が緊張したのを覚えてる。 今なら判るが三十数名の部員を全員思いっきりの平手打ちするのだから顧問の先生の手も大変だったろうな(笑)。 その先生は我々が学校を卒業した後、“○○~!”と呼び捨てていた教え子の私たちの呼び方を変え敬意を示してくれたが、それがこそばゆくそして寂しくも感じたのを覚えてる。
『お前らが憎くて殴ってるんじゃねぇ~! お前らが大事だから殴ってるんだ!』 と、当時そう怒鳴ってたのをうっすらと今でも憶えてる。 


“怒る”感情は誰に対しても湧くが、“叱りたい”思いはおおよそ大事なヤツにしか出てこない。 大人になってからそれをちょっとは判ったように思う。
怒る気持ちは勝手に湧いてくるのに叱るには大きなエネルギーが必要で、嫌われ非難されるかもしれずそれでも構わんとする勇気も必要だ。そして何より相手への愛情がなければできない。 特に“強く叱る”にはね。。。 

どうでもいいヤツには叱らない。 
どうでもいいヤツには自分に実害を及ぼさなければただニコニコしていい気分になってもらえてたらいい。 どうでもいいヤツに適当に軽く叱るなら出来ないでもないが…わざわざ大きなエネルギーを使って強く叱るなんて面倒くさいし、そんな事はしたくないもんだ。 
どうでもいいヤツには関わるのも面倒だ。。。 

大事なヤツには色んな思いが湧く。 たくさんの思いが湧く。 
どうでもいいヤツにはあんまり思いが湧かない。。 大事なヤツにはついついたくさんの言葉が出るが(説教好きは別だが…)…どうでもいいヤツにはあっさりした言葉しか出てこないし…面倒くさい。 大事なヤツはうっとしがられても、それでもなんとか関わりたいと思うが(笑) どうでもいいヤツは基本あんまり関わりたくない。

そういうのがよく判ってくると…強く叱られることは…本当はありがたい…
と、思えたりする。 

しかし…もう少し深く掘り下げて考えると…、叱る事がただの愛情表現だというだけじゃなく、他にも“贖罪を与える”という意味があるという事にも気がついてくる。 
そして、叱ることで区切りをつけさせ“次はがんばろう”という新たな時間や新たな道を与えるものであるという事も判ってくる。 

また…、叱られる事で自分の存在の価値を思い知らされたりする…。 
逆に勘違いしやすいが…自分という“存在”を認めてもらえている実感も…
実は奥底にはあったりする。 気づきにくいけれどね。


さ迷い犬には自由がある。 
何をやっても自由だ。叱られる事はない。 
飼われてないのだからそりゃそうだ(笑)。
しかしそれだけに自分の価値を見失いやすい。。。(かもしれない。)

飼い犬は自由がいくばくか制限される。
叱られたり行動を制限されたりお手やお代わり等したくもない芸をさせられ犬にとっては本当はいい迷惑かもしれない(笑) なのにそんな飼い犬が幸せに思えたりするのは…そうされる事でその犬は自分の存在の価値を思い知らされているのが傍から見てても判るから…かもしれない。。  いわゆる…『(お前が大好きな私を)なぜ悲しませる!』と言われているようなものだからね。。。 
おだてて頭を撫でるだけの誰でもが簡単に出来る表面的な愛情だけでなく…たっぷりの愛情を受けているのが判るんだから…。

そう考えるとM女が“罰を受けたい”と言ってたりするのが、なんとな~くだが、何も特別変わった趣味だって訳ではなくて…ごく自然な感情の一つだと…理解出来るんじゃないかな…。

“叱る”は“執着”の一つの形…
M女性は“執着される”という喜びを普通の人より少し深く理解しているのかもしれない。。


しかし…“執着されたい”M女をわざとほっといたりする私は…
やっぱり意地悪かな…(笑)
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# by nodandy | 2007-09-14 19:49 | M女

M女の幸せ…いろんな場所から見る幸せ

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人はよく悩む。
自分は幸せじゃない、自分は不幸だ、悲しいと感じてしまう…。
淋しいとも感じてしまう…。 私もそんな事を感じる事が多々ある…

しかし…
なんに比べて不幸なんだ? 誰と比べて不幸なんだろう…
時おり自分に問いかけたりするが…わからん(笑)

初めて仕事で中国の田舎町や中東の片田舎へ工場を捜しに行った時、貧しい地区を通った。凍える寒さの中、窓にガラスをつけられず窓があいたままの家に住む人々の町とか、“汚れてない服を着てない人がいない(=清潔な服を着られる生活ができる人がいない)”町…があった。 
そこで耳にしたのは食べるものを得る為に子供の片方の腕を切り落として不幸に見せて援助を得させる悪い親がいる事や…それでも足りなければもっと情けを買えるようにと更に足をも切り落としたりする親がいるんだという話だった。 
しかし、そこから数キロも離れてない場所で豪華な部屋で豪勢な食事を用意し日本からの若輩者を歓待してくれる豊かな人もいる。 彼は不倫相手の映画女優との付き合いに深く思い悩んで苦しんでいた。 

ある町で仕事が終わった後に独りで外を歩いてると4-5人の若い男に取り囲まれた。 アル○○ーダの国(当時はまだ問題になってなかった)。安全なエリアのはず…が正直言うとビビった、が、よく聞くと東洋人が珍しかったようでカタコトの英会話が盛り上がり少々強引に夕食に招待され私もその町の人の暮らしに興味がありその中のリーダーの家に連れていってもらった。 お世辞にもきれいとは言えない家、汚くところどころへこんだアルミ食器、傷んだコップ、彼は素手で食べ(普通だそうだ)私には家に一本しかない汚れたスプーンを出してきてくれた。 具の入ってないカレーと、なんか判らん米。「すまない、これしかないんだ」と申し訳なさそうに言い、ナベに少ししかなかったそれを私の皿に多く入れてくれた。 精一杯のもてなし。 その気持ちを受け取りたくて全部食った。 “上手い”というと嬉しそうにした。 彼は必ずいい仕事に就くんだと夢を話し日本を何でもある夢の国のようにあこがれ、そして日本に行きたがった。 “貴方が着てるようなクリーンな服があって、いろんな食べ物が食べられる。違う?”と、目をキラキラさせて明るく笑った。 私はユニ○ロの服を着てたが…もしかしたら彼には輝く服に見えたのか…、だが彼は卑屈にはなっていなかった。 彼は陽気で明るい。

そんなのを見ると何が幸せで何が不幸かよく判らんようになる。
日本に帰ると日本人である幸福を100円の缶コーヒーで思い知ったが、そんな幸せの中でも暫くすると自分は不幸だと思えたりやっぱり死のうかと思える悩みや苦しみが出来たりする…。 
だからといって不幸だと感じる自分に“そんなのまだマシだ”といい聞かせると楽にはなるが、その考えが行き過ぎると世捨て人になってしまいそうにも感じた。

記憶が定かじゃないが…何かの本でノストラダムスは予言の書でいつぞやかに人間の文明が滅び無知な動物に成り下がる…しかしそうなる事で人はやっと幸福になれると書いてあると知った。 そんな考えもあってもいいと思うしそれも間違いではないだろうが…わしゃそうは思えん。 
悩める幸せがあり、苦しめる事も“幸福”と…いうかもしれない…。
しかし実際に自分が苦しむとそんな事言う余裕はなくなるから大きな声では言えん。
“謙虚に”という昔の商人の教えに奥行きと重みを感じる。
彼らは遠い時代に諸国を回り、何を見て何を感じてきたのだろうか…



M女は感受性が強いと言われ、悩みやすく、不安になりやすいといわれる。
もしかすると自分の感情をコントロールしにくい点はあるものの、与えられる苦しみや辛さを快楽に昇華させる術を持つ精神的に進化した人種かもしれない。


時おり“もっと底まで堕ちたい”と本心から考えるM女がいる。 
私は偉そうな事は言えないが、ひとつ覚えておいた方がいい。 堕ちる先に底なんてない…。 本当に堕ちると…堕ちた先で底はないんだと思い知らされるんだよ。 
気持ちが感じる“堕ちた”の先には現実の“墜ちる”があり、そのどちらにも底なんてのはない。 それは幸せが今その手の中にあっても、その程度じゃあ足りずまだ上があるんだと、気持ちの上でも物質的なものでも思い知らされるのと同じように…。


ときおりご主人様のいないM女は糸の切れた凧に思えたりする。
ご主人様ってのは、上にも下にも無限にどこへでも飛んでいってしまうM女というその凧の糸を操る操り人といえるのかもしれん…。 

中にはどこへも飛んでいきそうな凧の糸をしっかり掴み、無いものに悲嘆する世界から在るものに目を向けさせる、いわゆる導師になるような人もいる。 
しかし反対に…中には虫を捕まえ殺して喜ぶ残酷な子供のようにただ底のない世界に引きずり落とし、落ちてしまえば次に落とす凧を探す人もいる。 
その人たちは墜ちた先がどんな所かよく知らないのかもしれないなぁ…
そんなヤツは自分がいっぺん墜ちて、墜ちた感じを味わえばいいのになあ…。


んっ? 自分が墜ちてる所にいるから同じように引きずり込むんじゃないかだって? 
なるほど…それならわからんでもない…。

でも…私とはタイプ違いだな…。 本当に墜ちたら…死ぬ事が楽に思える世界にもつながっていて…本当に墜ちそうになると糸を引っ張って墜ちないように引き上げてしまうよ。 
甘いって? そんなのどうでもいい(笑)。
自分が少しでもそのカケラを味わうと、そこまでは行かせたくないと思うんだよ私は。
愛奴は自分にとって大事。。 “ギリギリ”までがいいんだよ…。 

意地悪して苛めるクセにって?
そうだよ、悪いか、それは性癖だ(笑)
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# by nodandy | 2007-09-08 17:05 | M女

自由を感じる快感…

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昔…5万円で今にも壊れそうな大型バイクを譲ってもらった事がある。
黒くてデッカイバイク。
もう時効だから白状するが免許なんてなかったし、バイクなんて動かし方さえ知らなかった。
けど“この国では大丈夫だよ”と言った人の言葉をとりあえず信用した。(←馬鹿。)
エンジンフードを抑えるビスの半分以上はバカになっていて、いつ“バコン!”とそのエンジンフードが吹き飛ぶか判らない代物…エンジンの中で“カラカラ”と何かがどこかに当たっている音がしてた(笑)。

エンジンは回ってるから問題ないんだろうと…2つ返事でそいつを買った。
そのオンボロバイクで大陸縦断してみようと思ってると言うと、
譲ってくれたヤツも驚いたがもうお金を渡してたので後の祭り…。

3ヶ月ほど住み着いたその街を意気揚々とおんぼろバイクで出ていく一人旅、
町並みが途切れてきて次の街まで600kmという表示を見たときは不安と期待でどきどきしたもんだ。 あれはきっと“若さ”だな(笑)。失くしたくないもんだ。

実際は大した事はち~っともなかったんだが未知の道を進むあのドキドキ感はなんともいえない。 この先に何があるのか、何が待ち受けてるのか判らんそのドキドキに井の中の蛙の自分はそれだけで体中の毛穴が引き締まった。 不安も怖さもイッパイあったがそれさえも後で快感なんだと知った。

しばらく…そのドキドキ感が快感だったというのを忘れていたように思う。 
頭では…事実は覚えていても心や肌身で感じるその“快感の感覚”は忘れてたんだ。

この夏、兄のオンボロヨットに乗せてもらった。(オンボロというと怒られるか(笑) )
兄は海外を何度も放浪していたからか、なんでもかんでもキレイなものでキチンとしたがる日本人感覚というより“楽しめればいい”という外人感覚の方を持ってる。
それに…兄の操船スキルは折り紙付きだ。 
ヨットハーバーを出るどころかハーバー内で漂流し迫り来る岸壁との激突を避けるために『蹴れ!岸壁を蹴れ~!』と同乗クルーに叫び倒し…いわばハーバー内で遭難して“どうしたんすか~(のんきに)”とゆっくりと船で近づいてきたマリーンのスタッフに救助された経歴を持つツワモノだ(笑)。“兄の船でまともにクルージングできた試しがない”という噂を耳にしながらの出航…確かにヨットの中のアレもコレも壊れてたり今にも壊れそうだったりで一抹だけでない不安と共に出航した(笑)。

その…どうなるか判らん出航の時の感覚と、昔オンボロバイクで味わった出発のドキドキ感は似ていて… その先に待っていたのはどちらも冒険心(?)をくすぐるような“なんとも言えない快感”だった。

自分の股の下でバンバンと鼓動を響かせ走る黒い古いバイク。そいつは手がかかって日によってはご機嫌がいい時と悪い時があってまるで感情があるようで“こりゃ鉄の馬だな”と感じたけれど、その馬が味わわせてくれたのは見たこともない美しい景色とサンサンと降り注ぐ陽光と気持ちいい風でその時間を味わえる幸運に感動して涙さえ流した事があったのをまざまざと思い出した。

オンボロヨットは兄にとっては海原を駆け…いわゆる未知の世界へ突き進むような冒険心を味わう大きな馬か魔法の絨毯のようなものだなと思えた。 自分で舵を取り風を読んでゴキゲンをとって帆いっぱいに風を捉えて波を超えていくんだもんな。 
『メシの用意するから適当に走っててくれ』と兄に言われ、一番下の弟をクルーにタック(帆の向きを変える方向転換)を何度も繰り返してまるで初めて自転車ってのを乗り回す小学生のようにあっちに行ったりこっちに行ったりしてみたが面白くて仕方がない。 ドッグランでリードをやっとはずしてもらえたワンコのようだった(笑)。 あっち行ったりこっち行ったり…。 

おん~もしろいもんだなヨットって(笑)  
本当~に面白いんだ。 どこへでも行けそうなんだよ。 
“いいなあ…コレ、いいなあ…” ちっこい子供のように心からそう思った。
“また…あの感覚を味わえるぞ”
心ん中でそう思えた。

それにね…ヨットの上にはロープがイッパイあって
いろんな事に使えそうだと“よこしま”な想像力をかきたてられるんだ(笑)。
いろんな事に使ってみたいもんだわ。。。(笑)
帆を上げる要領でウィンチを使って体を開かせるのはお茶の子さいさいだ(笑)
なにせ…“キャプテン”の言う事は絶対だしねえ。。。。

ふむふむ…
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# by nodandy | 2007-08-18 15:17 | 話しはそれるが…

M女はウソつき

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笑顔があまり好きじゃなかった時期がある。
なぜなら笑顔は本当じゃない事が多いと知ったからだ。

泣き顔は笑顔より正直だと思った事があったけれど
どうやらそうでもないって事も人間は学んでいくもんだな(笑)


だけどほら、もちろん自分の中にもあるもんだよ。
気持ちはそうでないのにニコやかにしてたりするのはね(笑)。
今の自分はもう子供じゃないわけだし、 
仕事をするにも、何かを“上手くする”ためにも
そうする事が必要って事もある。
何もそうしたいからしてるわけじゃない(笑)。
皆そうしなきゃいけないからしてるだけだ。

少なくとも“礼儀”や“建前”というものもあって
中には“強がり”ってのまである。 
それらが持つ利点を良い意味で利用するのと同時に、
悪い意味で…それに“囚われてしまってる”ってのもあるんだろうね。

子供の頃、そういうのが嫌いだったはずだが…よく憶えてない。
“大人はウソつきだ。ウソばっかり言う。大人は嫌いだ”と…
そう思ってたようにも思える。

だが今はその頃の自分に言ってやりたい。
“大人もそんなに悪かないぞ”ってね(笑)。

もちろん面倒くさい。
“本当”は子供の表情にのように見たそのままの姿にはなくて
表情に現れるその笑顔の向こう側に隠れてたりする。
それを見て“その笑顔は偽者じゃないか”と
ヘソを曲げるのもいいけれど…
“なんだそこにあるじゃないか”と
“ある”事を喜んであげる事も出来たりするんだよ。


M女として与えられるものはスケベな責めや
意地悪や苦痛だったりするかもしれないが…
それに反応している自分は“ウソ偽りない自分”であり、
ニセモノでない“本当の自分”でいられるっていう喜びも…
そこにあったりするのかもしれない。
“泣いたらすっきりする”ってのと同じものだろうか…


大人はウソつきに見えるかしれない…
言うなれば…M女は悲しいウソつきだな(笑)。


だからこそウソをつく必要がなくなった時の
その表情はなんとも言えないものがあったりするんだよ。

子供にはまだ判りにくいかもしれないが
ご主人様はウソをつく必要のなくなった
その顔を見るのがとっても好きなんだよ。
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# by nodandy | 2007-08-03 15:05 | M女

娼婦の哀愁と…ご主人様の傘…

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もう時効だと思える…もう何年も何年も昔の話…

お前さん、繋がりって判るかい?
何が繋がりだと思ってるんだい?
“娼婦の哀愁”って知ってるかい?
見たことないだろうね…そのなんともいえないその表情を…

そんな話をした事がある。


娼婦も女…客でも男…
そこでも心ある優しい女はいて
そこでも女が気に入る男が訪れたりもするもんだ。
そんなとこでもささやかな恋も生まれたりもするんだよ。

でもね…
遊び代は手切れ金…
“帰ってくる”って繋がりをそれで斬るんだよ。
繋がりをそれで斬るんだ。

何人も何人もいろんな男がその娼婦を訪れるから…
お前さんはその娼婦はきっと寂しくないだろうって
そう思うのかもしれないな(笑)

そうだよ、娼婦はずっと笑顔でいる。 顔は笑顔だよ。
顔だけはね。 

“もう帰ってこない…”
そう思うから心ある娼婦は最高の笑顔を作ろうとするんだよ。
こんなところにも一期一会があるのかと驚かされる。
別れるとき…自分の中にある悲しみに決して目を向けないで
ただ最高の笑顔を作ろうとするんだよ。
そうやって娼婦は自分の心にフィルターをかけ
人によっては自分を殺していく人もいたりする…。

営業? もちろん営業顔だ(笑)
その営業の合間に、ごくたま~にこんな事をするんだよ。


『お金はいらないから…』


後で自分がこっぴどく叱られて痛い目を見るのにね…。

別れの時には
なんとも言えない表情を見せるんだよ。
“娼婦の哀愁”。。。

最高の笑顔と共に…
“もう帰ってこない…”
“来たとしても…いつ来るか判らない…”
“真実はあるのかどうか…判らない…”
目を向けてはいけないそんな悲しみと…
蜘蛛の糸よりも細いかもしれないそんな糸

それも繋がり…

そのかぼそい頼りないものを実はこそっと握り締めている…
そんな思いが笑顔といっしょくたに“つい”出てしまっているそんな表情。。。
それが“娼婦の哀愁”。。。

あんたそれがどんな顔だか知ってるかい? 

プロが持つ高性能のフィルターが役にたたないそんな顔…
言葉なんて意味をなさないそんな世界だ。

だがね…
見方をかえりゃ…客にも客の哀愁ってのがあったりする。
気づけない世界のもっと気づけない世界…。
娼婦も女、客でも男…

人が心に持つ“フィルター”はまるで電灯にかかってる傘のようだ。
上からは傘があるから灯りを直接は見る事はできない。
灯りがともってる事さえも気づかない事さえある。。

でもね、
しゃがんで、下から覗くと見えたりするんだよ。その“傘”の中が…
見る角度を変えると見えたりするんだ。

たとえ高性能の娼婦の傘の中も…
あるはずはないだろうと思える客の傘の中もね。
普通は
服が汚れてしまうかもと…しゃがまないものだがね…。



一度でもそういうのが“ある”と気づくとね、

それ以降は見方が変わるものだよ。



そういえば…世のご主人様達が『膝まづけ』って言ったりするのは
もしかしてその傘の下を覗かせたいからかもしれないな…

いや、わからんけど(笑)
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# by nodandy | 2007-07-23 11:30 | 話しはそれるが…